講演会の内容と概要
いわゆる “コロナ禍” を経て、久しぶりに “リアル” な600人が参集し、日本国憲法の価値を共有しあう5月3日恒例のイベント・全国憲法研究会「憲法記念講演会」が開催されました。
本年、2023年の「憲法記念講演会」は、東京大学・本郷キャンパスの法文1号館25番教室で13時30分より約3時間にわたって開催されました。講演会は2部構成で、西谷修・東京外国語大学名誉教授(哲学)が「終末論的西洋と21世紀の戦争」と題して、愛敬浩二・早稲田大学教授(憲法)が「『表現の不自由展・その後』のその後」と題して、それぞれ1時間から1時間30分程度のスピーチを行い、最後に30分ほど演者と聴衆との質疑応答が行われました。
西谷氏の専門は、フランス現代思想。戦争論、世界史論、メディア論、ドグマ人類学、身体・医療思想、芸術論などが研究テーマです。「憲法が変わるときには戦争が起き、戦争が起きるときには憲法が変わる」という一言で始まった講演は、世界史の流れに沿って「戦争と憲法」の系譜を辿る、聞きごたえのある内容でした。今日、安全保障の対象とされている「テロリズム」について、まさにこれから詳述……というタイミングでタイムアップになってしまったのは残念でしたが、著書も多いので、今回の講演会を機に聴衆一人ひとりの“宿題”として残されたかたちです。
一方、憲法学を専門とする愛敬氏の講演は、名古屋大学で教授を務めていたときに経験したいわゆる「あいちトリエンナーレ負担金訴訟」に関わることになった経緯、訴訟の概要や経過などが中心的な内容でした。学生など、とりわけ若い市民にもわかりやすいように、スライドの映像などを工夫している印象を強く受けました。「芸術と政治」をめぐる経験談をとおして、芸術、民主主義、表現の自由について解説し、最後は「寛容な社会」とはどういう社会であるべきかを聴衆に問いかけていました。
“コロナ禍” を経て……76年目の憲法記念日
講演会当日、すなわち本年の憲法記念日をもって、日本国憲法は施行から76年を迎えました。施行から三四半世紀の歴史のなかで、私たちは主権者として真に自由で平和な社会を築いてきたといえるでしょうか……。
日本国憲法の危機、民主主義の危機などと言われて久しいですが、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、その危機はさらに助長されたように感じています。いわゆる “コロナ前” から憲法改正を訴え続け、軍備拡大に向けて暴走してきた安倍晋三元首相は、奇しくも新型コロナウイルス感染症の流行「第7波」が日本列島を覆い始めた2022年7月8日、奈良市内で選挙遊説中に凶弾に倒れました。安倍政権、その後の菅義偉政権を引き継いだ岸田文雄政権も、今日に至って“異次元”と言われる軍拡路線を突き進んでいます。
また、そのような政権の動きに関心がないという人に対しても、新型コロナウイルスは憲法が保障している営業の自由、移動の自由などさまざまな自由や、生命権、生存権をはじめ私たちの人権に制約を加えました。肉親や職を奪われ絶望する人たちがいるなかで、多くの人びとは今までと違う生活様式によるストレスを抱え、人と人とのコミュニケーションの希薄化を感じながら、権力を持つリーダーの “舵取り” は果たして本当に正しいのか (正しかったのか) と疑念を抱いていた人は少なくなかったはずです。「権力を制限するものが憲法だ」ということを知らなくても、どことなく不自由な生活を強いられていることに疑問を感じ、そう強いる何かに対抗する何かを希求する思いが、世代をこえて多くの人びとのなかに共有されていたように思います。
今回の「憲法記念講演会」は、そのような人びとの思いにささえられて、まさに“盛会”になったように思いました。“コロナ前” 以上に若い世代の参加も多かったです。自分の意思で参加した人ばかりではないかもしれませんが、会場に足を運び、演者の話に耳を傾けていた一人ひとりの “リアル” な身体の中には、少なからず日本国憲法の理念に共感し、今の時代を打開する何かを求める思いがあったように思います。“コロナ禍” を経て、2023年の憲法記念日をきっかけに、そのような人びとの思いが社会をより良い方向へ変えていくことを期待させてくれる、そんな5月3日の講演会でした。
(H.O.)